企業で運動競技会、宴会(懇親会)、社員旅行などの社内行事が行われ、
従業員が行事の間に大ケガをすることがあります。行事は政府労災で
業務上の災害となるのでしょうか。
<労働者災害補償保険法>
企業は従業員が業務上の災害で負傷し、または疾病にかかった場合は
企業の費用で療養を行い、または療養の費用を負担しなければなりません
(労働基準法75条1号)。企業が労働基準法に基づく「業務上の災害」の
責任を負うかどうかは労働災害保障保険法(労災保険法)により、同法が
保険給付の内容を定めています。
<労災保険と業務災害>
業務災害とは従業員の業務上の負傷、疾病、障害または死亡のことです。
業務上とは業務が原因になったということであり、通説・判例は「業務
遂行性」と「業務起因性」の2要件により業務上の事由かどうかを判断し
ています。「業務遂行性」とは労働者(従業員)が使用者(企業)の支配
下にあることをいい、「業務起因性」とは業務と災害との間に相当因果関
係があることをいうのが通説・判例の立場であり、労災補償の管掌者であ
る厚生労働省の行政解釈でもあります。
<業務遂行性>
被災者の基礎疾患ないしは素因と業務との関係を議
論することが多い職業性疾病とは異なり、従業員が
行事で大ケガをしたをしたというような災害性の傷
病の場合は、業務遂行性についての判断が重要な位
置を占めるとされています。災害性の傷病の場合に
は一般には業務遂行性が認められると業務起因性も
認められることが多いと解されます。(ただし、業務
逸脱・離脱行為、私的事由、天災地変などの反証事
由で業務起因性が認められないこともあります。)
行事に業務遂行性があるかどうかは、①開催の経緯→社員、組合がもともと
始めたのか、社長の号令で始まったのか、②主催者→会社主催か、組合また
は従業員の親睦団体主催か、③費用負担→会社が費用負担している行事か、
④参加の要否→参加が業務命令になっていたか、強制されていたか、などか
ら検討されます。業務遂行性があると認められるためには行事が会社の事業
運営に社会的通念上必要と認められること、行事に出席することが事業主か
ら強制されていることなどの要素が必要です。
<業務災害の認定と処分取消訴訟>
業務上の災害になるのかどうかという問題は被災者・遺族の利害に密接に
かかわるため、被災者・遺族の重大関心事であり、相当数の不服審査請求
があります。さらには処分取消訴訟の提起に至ることもあります。
業務上・業務外の認定について、厚生労働省の通達が数多く出されていますが、
これらの通達が示す認定基準は多数の保険給付請求を簡易・迅速かつ統一的に
所轄行政庁(労働基準監督署長)が処理するためのものです。実際には業務上・
業務外の認定をめぐる大多数の案件は通達に依拠して処理されていますが、
裁判所は通達に拘束されることなく処分取消訴訟を判断します。
<処分取消訴訟判例>
行事が業務上の災害に該当するかどうか業務遂行性
が争点になった判例には次の判例があります。
① 名古屋高裁 昭和58年9月21日判決
(訴訟月報30巻3号552頁)
Xは温泉ホテルで会社メンバーとの泊まりがけの
忘年会に参加した際にホテルの玄関付近でひき逃げ
に遭い重傷を負った。忘年会の経費は全額会社が負
担した。Xは会社の役員らから参加者が少ないと親
睦の意味が薄らぐとして極力参加するように勧めら
れ、参加者は出勤扱いされた。
原審は、会社が経費を全額負担して忘年会を実施し
た意図は従業員の慰安と親睦のためであって、仕事
の伝達や打ち合わせをしたこともなかったことから
通常行われる忘年会と何ら変わりがないとして、業
務遂行性がないと判示しました。原告は事実上従属
的労働関係にあったのであるから忘年会への参加は
業務遂行性があるとして控訴しましたが、控訴審は
参加の強制をした事実は認められない等の理由で原
審を支持しました。
② 前橋地裁 昭和50年6月24日
(訴訟月報21巻8号1712頁)
XはD会社S工場に勤務する係長以上の有志及び同工場の協力会社の有志
で組織されたH会のゴルフコンペに参加する途上で交通事故に遭い死亡した。
H会は会員相互の親睦、融和、さらにはコミュニケーションを図り、相互に
情報交換を行うことを目的としていてXのH会への出席についての経費は
会社が負担していた。
裁判所は①H会を開催することにより取引の円滑化を図る利点があることは
否定できないがその利点は付随的利益にすぎず、H会の性格は親睦団体の域
を出ない、②また親睦目的の会合であっても会合への出席が業務の遂行と
認められることも否定できないが単に出席費用が支払われるだけでは足らず
出席が事業上必要と認められ、かつ事業主の積極的特命により行われたので
なければ業務上の事由による死亡とは認められない、と判示しました。
※ 参考文献:新・裁判実務大系17
労働関係訴訟法(青林書院)